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1.「高品質」「短納期」「低価格」実践の歩み 2.ABIC便り
1969年4月IBM広島データセンター(DC)がオープン時にAE職として入社。AE職は現在のコンサルを兼ねたSE兼プログラマー職といえます。DCの役割はコンピューターが当時高額であった為、自社導入出来ない中堅・中小企業に対して、受託計算サービスを行う事でした。
1年間の基礎教育を受けた後、いきなりAEとして、業務知識もないまま、お客様との打合せ(1.要件定義局面)を担当させて頂きました。
その後のプログラム開発(2.外部設計⇒3.詳細設計書⇒4.プログラム仕様書⇒5.プログラム作成⇒6.システムテスト)、そして迎えた7.本番稼働支援(.安定稼働迄)等全て一人で、言語はRPGを使用し担当させて頂きました。
当時は本番稼働処理月額請求料金の中に、上記全局面で発生するコストが含まれるという料金体系の為、短納期で本番稼働する事が必要であり、また各局面作業のスピード化を要求される中で、如何にプログラムを正確・迅速に作成するかが、求められました。
又ユーザー側も本番稼働に合わせて、準備を行うので、本番稼働時期を遅らせる事は許されない環境でした。
4年間で約20社の顧客の開発・運用保守を一人で担当した結果、おかげさまで体験の中から下記を学びました。
汎用コンピューターを営業する部門にSEとして転籍致しました。
周りのSEがOS、DB、DCの導入を中心としたテクニカル面に強いPM集団の環境下に於いて、次期基幹業務処理のシステム構築を要する顧客を担当させて頂きました。
福山にある大手物流業の自社切替導入を担当、PMとしてプロジェクト管理を学びました。
4年間のSE在籍期間で一番印象に残るプロジェクトは、地元家電小売業への汎用コンピューター導入でした。
初めての自社導入で、約半年という短納期(国産メーカー提示は1年)を要望されていた為、業務パッケージを搭載可能な小型機提案でしたが、顧客要望に基づき、汎用機に決定。
システム部門を新設して、新人のDP要員を育成しながらの稼働要件に応える為、プログラム開発言語としてRPGを採用して頂き、ユーザー側DP要員にも、RPG言語を教育訓練しながらの納期通りの本番稼働。
AE時の技能(業務知識・プログラム開発)を全面に活かしての開発でした。
4年間で約8社の顧客をSEとして担当した結果、おかげさまで下記を学びました。
9年間育てて頂いた貴重なエンジニア職を一旦ゼロクリアーして、営業部門に営業として転籍いたしました。
営業時代で一番貴重な体験は、新規獲得顧客として、大手スーパーを担当出来た事であり、NCR社からのリプレースでした。
短納期での本番稼働(半年で本番稼働を約束)を約束した受注でした。元所属のシステム開発部隊は1年でないと請け負えないとの事、又当時お客様の最高責任者でありました専務様も、標準納期は1年かかるプロジェクトとの想いから心配して下さいました。
短納期厳守を実現すべく、自ら陣頭指揮をとり、AEの仕事も継続しました。(外部ソフトハウスを使用)
COBOL言語が主流の中で、短納期厳守の手段として、開発言語はRPGを採用して頂きました。
成功裡に短納期で稼働でき、責任者でありました専務様にも結果として感謝頂き、ABICが資本金を2千万に増資したときに株主&役員になって頂きました。
4年間で約4社の顧客(開発言語全てRPG顧客)を担当した結果、おかげさまで下記を学びました。
12年間本当に育てて頂いたIBMを1982年34歳で退職し、ABICを一人で創業致しました。
業務内容:業務改革を伴う基幹情報システム構築(言語:RPG)に特化(キーメッセッジ:高品質、短納期、低価格)
狭い広島のマーケットにおいて、ブランドもなく、技術者も不在の環境下では、ABICにて基幹情報システムを陣頭指揮にて開発するには自ら、ハードウェアも仕入、販売するしかありませんでした。
メーカー、特約販売店とも競合しながらの厳しい環境でした。
創業時、事務所には一人の為、週に一回は、定期的に会話をしたいとの想いから、早朝事務所(オフィースセンター)の会議室をお借りして、「積極人間の集い」を開催致しました。
以前学んだデール・カーネギーコースでの「3分間スピーチ能力」を高めたいとの想いからスタートした会です。毎週金曜日朝7時から開催、ゲストの方に40分スピーチをして頂き、参加メンバー約20名全員3分間スピーチを実践する形式。
広島での12年間の生活を通して、その時貴重な友人を得る事が出来ました。
(その会は毎週継続され、20年で千回を達成、今日でも毎週継続されている事を聞きます時、嬉しく思う次第です。)
IBM時代は1人で外注を使用しての形態で全てのビジネスが出来ましたが、ABICでの受注の為には、社員数を聞かれるので、毎年専門学校より新入社員を採用致しました。
広島時代はイズミ様のおかげにより取引先(卸売業、製造業)を中心としてのビジネス展開でした。
広島での、特記すべき業務改革プロジェクトとしては、平成2年の三次農協合併(7農協合併:場所:広島・三次)統合基幹システム構築。
及び読売インフォメーションサービス(当時年商:300億;場所:東京)の基幹システム再構築(NCR⇒IBM)の同時期稼働でした。
東京と広島を往復する陣頭指揮のビジネスでした。
三次農協は当時平成2年10月合併を決定、翌年4月統合稼働という厳しい要求の為、NECを含めた全メーカーが降りた為、短納期で稼働出来るのは、ABICしか無いとの請われての受注でした。
翌年4月本番稼働できた後に、最適なコンピューターとして約9000万円のハードを販売させて頂きました、その後のハードリプレースを2回繰り返し、今期にいたるまで年間ハード保守売上を継続しています。
同時期、東京に進出したいとの想いから、当時も業界一の読売ISを、日立製作所と競合の結果、高品質、短納期、低価格で平成2年9月に受注、翌年6月稼働致しました。
13年間広島の地でハードウェア販売と一体であったSIビジネスの環境下に於いて、業務改革を伴う基幹業務システム構築(開発言語:RPG)を担当した結果、おかげさまで下記を学びました。
年老いた両親の面倒をみる為に、広島の地で築き上げた多くの財産を捨てる覚悟で平成7年東京に出て来ました。ハードウェア販売と分離した形でSI会社が存在する時代へと環境が変化いたしました。
IBM情報ソリューションには平成7年から11年迄大変お世話になりました。
過去実践してきたスペシャルプロジェクト(短納期、低価格)担当技術者として、SI構築作業に陣頭指揮で担当させて頂きました。
店頭公開を前提とした小売業(ドラッグストア)基幹システムの構築には、ABIC社員を現地に駐在させ、成功裡に本番稼働出来ました。
小売業界の基幹システム再構築(他メーカーからのIBM System iへの短納期・低価格リプレース)を担当出来ました。
又担当したお客様からは、全て本番稼働を成功裡に収めて、感謝状を頂く(お客様⇒IBM営業部門)事が出来ました。
4年間で、業務改革を伴う小売業基幹システム構築を担当したお客様(開発言語:RPG)から、おかげさまで下記の体験を学びました。
RPGが利用出来るハードウェア(IBM System i)の中堅・中小企業への販売は、メーカー直販から特約店販売へと移行した時期でした。又年齢的にもコンサルタント職にあこがれた時期でも有りました。
小売業界に対しては、業務改革を伴う次期基幹システム構築に対応できる自信が出来ましたので、コンサルタント職担当の上流工程を経験したく約半年間SI会社へ出向致しました。
店頭公開して数年の大手小売業のお客様にコンサルタント的立場で問題解決の為に3ヶ月の予定で駐在し始めたところ、次期IT化構想ではなく、当面の最大課題である「来期事業計画として最終利益の黒字化」達成の計画を部門責任者の方々と共に立案して頂きたいとの課題に変更されました。というより顧客TOPが求めたお金を支払って、コンサルタントの先生に求めた事でした。
小売業現場の経験の無い身に執りまして、全役員、ラインの部長様とのインタビュー、その方々から「先生」と呼ばれ提言を当然求められた大変の日々でした。どんなボールでも、一旦受けた以上は拾う事を生甲斐にしていましたので、逃げ出すまいと決意いたしました。来期事業計画として使用する事を前提と言われましたので、絵に描いた事業計画は許されない段階となっていました。
真の目標達成は、担当責任者の方が与えられた数値を受身から義務として背負込めば、全体数値を達成出来ると信じておりましたので、TOPの了解を得て発表数週間前にライン部長全員の方々と合宿し、共通目標に向けて、準備した資料を元に、セッションを実施。経営会議での発表は参加の各チーム代表メンバーにて行う事を合宿初日に了解して頂く事が出来ました。この結果メンバーの方々はそれまでの他人事から真剣な姿に変身、4日目の最終日には、準備したフリップチャートを用いて発表、周りのメンバーの方々との質疑応答も実施、事務局として、PCに入力して、会議当日の資料作成。
(IBM時代に体験させて頂いたCPS手法)
おかげで、進行役の立場に身を置く事が出来、当日責任者ある立場の方々から自らの義務として目標として下さいました。TOPの方に満足していただけたのでしょうか、妻を呼んで、有名なお祭りをセットしていただけました。
翌年度決算にて夫々の方の頑張りにより、最終利益が目標値を上回っている事を知りました。残念ながら本来の目的で有りました基幹システム構築SIは、見積の対象業者とさせてもらえませんでした。約半年の期間で下記の体験を学びました。
東京でのビジネス展開は広島時代と違って直接ハードウェアと抱き合わせ販売のスタイルは、今日迄とっておりません。パートナーである販売店又はSI会社がSI構築に関して納期面、コスト面から社内レビューにパス出来ない案件、要件があいまいなまま、パスしてしまった案件等を拾わせて頂いて、年間2件のペースで担当させて今日を迎えております。
オンリーワンセット商品も充実しましたので、厳しい低価格の受注ですが、大半のプロジェクトで黒字となり、ここ10年間は毎年株主の方々に利益の中から2パーセント配当目標を達成して来れました。過去5年間のプロジェクト案件中スペシャルプロジェクト(短納期、低価格)は「導入事例」にてご紹介しております。
企業の求める次世代基幹システム構築に対して、一技術者として生涯現役を目指して現場で40年の年月を過ごして来ました。担当させて頂いたお客様には企業の現状及び求める次世代システムについて、教わりながら知識を蓄積しながら過ごし、高品質、短納期、低価格を追及してきた感がいたします。
陣頭指揮で納期厳守を守る為に本番稼働前後には、徹夜の連続でした。担当した企業が終わると、又次のお客様を役半年専念して担当する。その繰り返しで年間数件を担当し続けました。
体力の限界を超えての無理がたたり、45歳、55歳に過労死を擬似体験をしました。
60歳を過ぎてからは全て取り仕切る体力が落ち結果として、高品質、短納期を維持できなくなり、技術者として現役引退を決意致しました。
そしてふと、その時々で大変お世話になり育てて頂きながら、ずっと疎遠に過ごしてしまった方々の顔が、浮かんできました。特に22歳から47歳迄25年間過ごした広島時代にお世話になった、方々には、挨拶もしないまま、東京に来ましたので、急にお会いしたく、電話にて都合の付く方々にお会いする事が出来ました。その時の写真を以下に掲載しました。
1.「高品質」「短納期」「低価格」実践の歩み 2.ABIC便り
ABICが誕生して4年目を迎えた1985年、日々新たな体験を通して学ぶ事が出来ました。
当たり前な事を体験する事で、新鮮さを感じられる気持ちになりました。
その時感じた事を、短い限られた言葉で表現して残す事にしました。
4才の子供が親に向かって始めて喋れるようになった気持ちで、何を書いても許してもらいたい気持ちで一年間続けました。(No.1〜No.24)
自分の経験を短い言葉で書くと、一般論的表現になってしまう事を体験しました。
ABICが誕生して20年を迎えた時、日々の生活の中より体験した出来事を綴ってみました。(No.25〜No.34)
| 35 | 適正価格で契約する方法 |
|---|---|
| 34 | 適正価格で契約する方法 |
| 33 | 商売する環境について |
| 32 | 一つ失い・一つ得る人生 |
| 31 | 一つ得て・一つ失う人生 |
| 30 | 山・谷の人生(仕事編) |
| 29 | 山・谷の人生(親子編) |
| 28 | 山・谷の人生(趣味編) |
| 27 | 谷有り山有りの人生 |
| 26 | 山有り谷有りの人生 |
| 25 | 人 生 の 転 機 |
| 24 | 一年間の反省と決意 |
| 23 | 取引先とのご縁 |
| 22 | 社是について |
| 21 | 真の保証人 |
| 20 | 真の決心について |
| 19 | 真の決断力について |
| 18 | 真の優先順位について |
| 17 | 企業理念と標語 |
| 16 | 継承は力なり |
| 15 | 星野富弘「花の詩画展」 |
| 14 | 企業と春夏秋冬 |
| 13 | 本業に徹する |
| 12 | 同業は良きパートナー |
| 11 | 専業化とスペシャリスト |
| 10 | 一人当たりの売上高 |
| 9 | 商売と人間関係 |
| 8 | 企業規模と取引先 |
| 7 | 新友・親友・信友と価値 |
| 6 | 兼松先生との出会い |
| 5 | 情報について |
| 4 | 時価について |
| 3 | 適正価格とサービスの関係 |
| 2 | 真のサービス |
| 1 | タイトル |